2003/07/04  : お前らを埋めてやる!
 ほんの数日前に読んだ本である。

「不実な美女か貞淑な醜女か」
 米原万里・新潮文庫
不実な美女か 貞淑な醜女か 通訳に関する四方山話本。著者は、ロシア語通訳の、日本における第1人者。

 この著者は、他にも「ロシアは今日も荒れ模様」「ガセネッタ・シモネッタ」という、やはり通訳に関する話を一般向けに紹介した本を書いている。私は、いずれも面白かったので、この本も書店で見つけて迷わず購入した。

 読みやすい文、読者をひきつける文章運びの上に、「ひとつよろしく」を『ワン・プリーズ』などと訳した日本人の親父の話(これは有名か)だとか、生放送の同時通訳中に放送禁止用語っぽい単語が出てきて焦った話だとか、海外文学の原語における駄洒落を日本語訳する話だとか、いろいろと興味深いエピソードが満載である。

 で、その中に、こんな話があった。
(引用)
 一九五九年、時のソ連共産党第一書記兼ソ連邦首相のフルシチョフがアイゼンハワー大統領との会談のため訪米したおりのことである。ロスアンジェルス市長主催歓迎晩餐会に招かれ、主賓挨拶にたったフルシチョフが、「お前らを地中に埋めてやる」と言ったため、歓迎の宴は修羅場と化した。主催者側は、無礼極まる脅迫だと抗議するし、フルシチョフ一行は、旅程を繰り上げて帰国すると言い出す始末。
 さて、実際にフルシチョフが挨拶の中で述べようとしたのは、「資本主義は滅びゆく体制であり、社会主義のほうに生命力がある。だからわれわれ(ソ連)のほうがあなた方(アメリカ)よりも生き延びる」ということだった。この最後の部分のフレーズを、ロシア語の慣用句を使って、「われわれのほうがあなた方のお葬式をしてさしあげることになる」と表現したのであった。
(略)
通訳者がこれを「土に埋める」と英訳したために一波乱起こってしまったのである。

 唐突だが、アバロンヒル社に「クレムリン」という名作ボードゲームがある。
 ソ連共産党内の権力争いを扱っている。
 そのゲームに登場するイベントカードの中に、こんなものがある。

「We will bury you! 首相の発言により外交関係がこじれて、外務大臣の苦労が増える。外務大臣にストレスを加算」

 もちろん、これは先のエピソードを元にしたカードである。

 私が、「クレムリン」を購入したのは、思い起こせば十ウン年前。まだ高校3年生で、大学受験を控えていた時だった。受験の日程が早めに終わってヒマになった友人にルール訳を押し付けたのも、今ではいい思い出だ。
 で、ルール訳は友人にやらせたのだが、カードの日本語化は、受験日程が終わってから自分でおこなった。

 で、そのカード訳なのだが。
 なにせ、高校生...しかも、結局、受けた大学はみな落ちて、その後1年間の浪人生活を送ることになる人間の作ったものである(受験の時に、ゲームなんか買ってるからこうなったんだという話もあるが)。もう不適切な訳語はあるわ、文章がヘンなものはあるわで、非常に拙い出来であった。それでも、ゲームをするのに支障が無い程度には訳すことはできたのである。
 イベントカードのタイトルには、基本的にすべて無理矢理に日本語化した。

 オリンピックでボイコットとか、アフガニスタンで敗北とかの比較的近いニュースならば知識としてもっている。しかし、この「お前らを埋めてやる」発言など、当時の私たちが生まれる前の事件だ。バリバリの理系で国際政治にも歴史にも疎かった私には何のことやらサッパリ。辞書を調べたところで、単語の直訳以上の意味がわかるわけがない。
 結局、このカードのタイトルだけはいい日本語訳がうかばず、やむなく英文のまま表記したのであった。

 その後、このゲームは数限りなくプレイした。もしかしたら、一緒にプレイした人の中には、元ネタを思い出してニヤニヤしていた人もいたかもしれない。
 しかし、これの元ネタを調べることも知ることもなかった。なにせ、ゲーム上は全く支障がないのだ。

 結局、先の本の中の記述に出会って、私は初めて知ったのである。
(知っている人にとっては、何をいまさらなのかもしれんけどね。でも、まあ、私の無知の幸せエピソードということで)

参考:
 かんぽのじょーほー部屋「クレムリン

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